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最高裁判所第二小法廷 平成8年(オ)280号 判決 1998年7月17日

上告人

那賀島淑雅

那賀島陽子

合同ゴム株式会社

右代表者代表取締役

那賀島淑雅

右三名訴訟代理人弁護士

大木章八

藤村耕造

伊藤信吾

髙橋温

被上告人

東武ボンド株式会社

右代表者代表取締役

鈴木勉

右訴訟代理人弁護士

安西愈

井上克樹

外井浩志

込田晶代

渡邊岳

石渡一浩

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人大木章八、同藤村耕造、同伊藤信吾、同髙橋温の上告理由第一点及び第二点について

一  本件請求は、被上告人の株主である上告人らが、被上告人のした新株発行を無効とすることを求めるものである。原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  株式会社である被上告人は、平成三年三月当時、発行済株式の総数が二万株、資本金が一〇〇〇万円であり、その役員は、代表取締役が鈴木勉、取締役が鈴木勉の父である鈴木信夫及び赤尾栄三、監査役が上告人那賀島淑雅であった。右当時の株主及びその持株数は、鈴木勉が四四〇〇株、その姉である上告人那賀島陽子が二九〇〇株、その夫である上告人那賀島淑雅が七五〇〇株、同人が代表取締役である上告会社が四〇〇〇株、赤尾栄三が二〇〇株、ケミカル化工株式会社が一〇〇〇株であり、被上告人の株式の譲渡については取締役会の承認を要する旨の定款の定めがあった。

2  被上告人は、平成三年三月当時約一億三〇〇〇万円の借入金があり、その利息と元本の支払に年間約二五〇〇万円を要するため、運転資金に不足を来す状況にあったところ、鈴木勉は、被上告人の増資を計画し、知人である池田岩夫に相談し、取りあえず出資金を自らが立て替えて増資し、発行した被上告人の新株を池田に譲渡して立替金を回収することで池田の了承を得た。

3  被上告人は、平成三年三月二九日午前一〇時、被上告人本社の会議室において、鈴木勉、鈴木信夫及び赤尾が出席して取締役会を開催し、額面五〇〇円の新株を一万二〇〇〇株発行してこれを鈴木勉に割り当て、発行価額を一株一九〇〇円、払込期日を同年五月二三日とすること等を決議したが、その際、鈴木勉は、赤尾に対し、この増資の件を取引先に知られたくないのでしばらく他言しないように頼んだ。鈴木勉は、株主である上告会社及びケミカル化工株式会社の各事務所に電話したが、連絡がとれず、結局、被上告人は、払込期日の二週間前までに商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告も株主への通知もしなかった。

4  鈴木勉は、平成三年五月二〇日、被上告人に対し、申込証拠金二二八〇万円を添えて、新株一万二〇〇〇株を発行価額一株一九〇〇円で引き受けることを申し込み、払込取扱銀行である株式会社武蔵野銀行久喜支店は、同月二三日付けで二二八〇万円の株式払込金保管証明書を発行し、被上告人は、同月二四日付けで発行済株式の総数を三万二〇〇〇株、資本金を二一四〇万円とする増資の登記を経由した(以下「本件新株発行」という。)。

5  なお、平成三年五月三〇日に、鈴木勉、鈴木信夫及び赤尾が出席して被上告人の取締役会が開催され、鈴木勉の所有する被上告人の株式のうち、二〇〇株を鈴木信夫に、一万株を池田に各譲渡することが承認され、被上告人は、同年六月三日付けで、鈴木勉に六二〇〇株の、鈴木信夫に二〇〇株の、池田に一万株の各株券を発行し、右各人はこれを受領した。

二  原審は、右の事実関係の下において、次のとおり判示して、上告人らの被上告人に対する新株発行無効請求を認容した第一審判決を取り消し、上告人らの請求を棄却した。

商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知を欠いたまま新株が発行された場合であっても、右規定違反を理由にこれを無効とすることは、会社をめぐる法律関係の安定性確保の見地から相当でなく、新株発行は、株式会社の組織に関するものであるとはいえ、会社の業務執行に準じて取り扱われるものであるから、取締役会の決議に基づき、会社を代表する権限を有する取締役によって新株が既に発行された以上、右新株発行は有効であると解するのが相当であり、新株が著しく不公正な方法により発行された場合であっても、右新株発行の効力は左右されない。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

新株発行に関する事項の公示(商法二八〇条ノ三ノ二に定める公告又は通知)は、株主が新株発行差止請求権(同法二八〇条ノ一〇)を行使する機会を保障することを目的として会社に義務付けられたものであるから、新株発行に関する事項の公示を欠くことは、新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り、新株発行の無効原因となると解すべきである(最高裁平成五年(オ)第三一七号同九年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号七一頁参照)。

これを本件についてみるに、前記事実関係に照らせば、(一) 鈴木勉は、本件新株発行について赤尾に他言しないように頼み、当時発行済株式の総数の過半数を所有していた上告人らに通知しないまま本件新株発行を行っているが、これは上告人らに秘匿して行ったものといわざるを得ないこと、(二) 本件新株発行により、上告人らの持株は過半数を割り込むことになり、他方、鈴木勉の持株は過半数を上回ることになって、被上告人に対する支配関係が逆転すること、(三) 本件新株発行が取締役会で決議されたのは、商法の一部を改正する法律(平成二年法律第六四号)の施行日である平成三年四月一日の直前の同年三月二九日であって、もし右施行日後に右決議がされていれば、株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の定款の定めのある被上告人の株主である上告人らは新株引受権を有することになったはずであること(同法附則一四条、商法二八〇条ノ五ノ二)、(四) 新株の払込期日は右決議の約二箇月も先である同年五月二三日と定められており、新株発行により増資されても、それが直ちに株式会社の運転資金を調達したことにはならず、被上告人が本件新株発行を決議した当時、その公示をしないで本件新株発行を急がねばならないほど資金を緊急に調達する必要があったとはいい難いこと等の事情が存することが明らかである。右によれば、本件新株発行は「著シク不公正ナル方法」(同法二八〇条ノ一〇)によるものではないとは到底いえず、差止めの事由がないとは認められないから、前記の通知又は公告を欠く本件新株発行には、無効原因があるというべきである。

四  以上のとおり、本件新株発行は有効であるとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点をいう論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、上告人らの本件請求を認容した第一審判決は、正当として是認すべきものであって、被上告人の控訴を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福田博 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一)

上告代理人大木章八、同藤村耕造、同伊藤信吾、同髙橋温の上告理由

第一点 原判決には、商法第二八〇条ノ三ノ二の解釈・適用を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

一 原判決の判断

1 原判決は、新株発行にあたって、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告を欠く場合であっても、取締役会の決議に基づき、会社を代表する権限を有する取締役により新株がすでに発行された以上、右新株発行は有効であるとしている。

2 そして、上告人らによる、被上告人の新株発行が代表取締役の会社支配権奪取の目的、すなわち、不当な目的によるものであるとの主張については、「新株の発行は、株主との関係だけでなく、会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い法律関係に影響を及ぼす可能性があるものであることに鑑みれば、新株の発行が右規定(商法二八〇条ノ三ノ二)に違反してされてしまった場合に右規定違反を理由にこれを無効とすることは、会社をめぐる法律関係の安定性確保の見地から相当でない」との理由の下に、その事実の如何にかかわらず、新株発行の効力を左右しないと判示している。

3 以上から明らかなとおり、原判決は、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告を欠く新株発行であっても、すでに新株が発行された以上、他の差止事由の有無にかかわらず、他に無効事由がない限り常に有効とする立場(以下、「有効説」という。)を採っているものである。

二 原判決の不合理性

1 しかしながら、原判決のごとく、右有効説によれば以下の著しい不合理を生じ、かつ、この不合理は、法の目的とする正義・公平の理念を欠くに至らしめるものであるから、商法二八〇条ノ三ノ二違反の新株発行は、無効になると解するべきである。

2 第一に、右有効説に立った場合、不当な目的を持って新株を発行しようとする会社ないしその代表者は、通知・公告をすることによる株主からの新株発行差止請求権の行使を免れるため、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告を全くしなくなり、同条が全く空文化してしまうのである。

(一) すなわち、商法二八〇条ノ一五に規定する新株発行の無効原因は、一般に、定款所定の発行予定株式総数を超えた新株発行や、額面未満発行など、ごく制限的な場合に限られると考えられているのに対し、商法二八〇条ノ一〇所定の差止請求は、「法令又は定款に違反し又は著しく不公正なる方法によりて株式を発行し之に因り株主が不利益を受くる虞ある場合」に広く認められていることから、例えば、代表取締役がその権限を濫用して、専ら自己の支配権を獲得するために授権資本の範囲内で新株を発行するような場合、すなわち新株発行の差止事由にはあたるが無効事由にはあたらない場合にも、一旦新株を発行してしまえば、これが後に無効とされることはないこととなってしまう。

そこで、当該代表取締役としては、差止めさえされなければ支配権獲得という所期の目的を達することができるので、あえて新株発行について反対派の株主に通知もしくは公告して、相手に差止めの機会を与えるが如き行動をしないようになってしまうのである。

その結果、右有効説によれば、商法二八〇条ノ三ノ二は、単に取締役に対する訓示規定にすぎなくなり、不当な新株発行に対する歯止めがなくなる結果、新株発行差止事由に該当するとされている、取締役会の決議(商法二八〇条ノ二第一項)を欠く新株発行や不公正な価額による新株発行(同条第二項)等の各規定の趣旨を没却した不当な新株発行が放置され、かつ、不当な新株発行の慣行の如きものが醸成されることとなってしまうものである。

(二) そうとするならば、不当な新株発行の差止めのために制定された右規定はいずれも存在理由を失ってしまうことになるのである。

(三) また、そもそも商法二八〇条ノ一五にいう無効原因が前述のように極めて限定的に解されているのは、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告を欠いた場合を無効原因とすることにより、商法二八〇条ノ一〇所定の新株発行差止請求権を実効あらしめ、新株発行における瑕疵のうち無効原因にあたらない事由については差止請求により既存株主の権利保護を図り、もって、取引の安全と既存株主の利益保護とのバランスを図っていると思料されるのである。

したがって、右有効説によれば、商法二八〇条ノ一〇の差止請求権が実効性を持ち得なくなることから、商法二八〇条ノ一五にいう無効原因を拡張し、例えば、著しく不公正な方法によってされた新株発行も無効原因とする等の必要が生ずるが、無効原因をかように広く解することは、かえって、新株発行の法的安定性を失わせ、その結果、右二つの制度の実効性のバランスを失わせることになって、結局、不合理と言わざるを得ない。

(四) 貴裁判所の判例(昭和五二年一〇月一一日第三小法廷判決)においても、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告を欠いた新株発行か否かが争われた事案について、「被上告会社は、本件新株発行に際し商法二八〇条ノ三ノ二所定の公告又は通知をしなかったが、本件新株発行につき株主総会の特別決議を得るため、(中略)(1)新株の額面、無額面の別、額面株式一株につき五〇円、(2)種類記名式普通株式、(3)新株の数四〇〇万株以内、(4)最低発行価額一株につき金一三〇円」と記載した臨時株主総会の招集通知書を各株主に発送したとの原審の事実認定を前提とした上で、「右事実関係に本件新株発行の経緯をあわせ考えると本件新株発行を有効とした原審の判断は、正当として是認することができ」るとしているが、これは結局、新株発行についての特別決議のための株主総会招集通知をすることによって株主に対する実質的な通知がなされたが故に商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知を欠いても結局有効としたものであり、つまるところ、新株発行にあたっては同条所定の通知・公告が必要であってこれを欠く新株発行は無効とするとの前提判断のもとになされたものであって、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告を欠くことが無効原因となるとの立場に立つものと思料されるのである。

3 第二に、商法二八〇条ノ一〇に基づく新株発行差止仮処分に反してなされた新株発行が無効であることは、貴裁判所により明らかとされているところ(平成五年一二月一六日第一小法廷判決)、商法二八〇条ノ三ノ二は、商法二八〇条ノ一〇と一体の制度と解するべきであり、その効果も同様と解するべきである。

すなわち、右判決は、「同法二八〇条ノ一〇に規定する新株発行差止請求の制度は、会社が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正な方法によって新株を発行することにより従来の株主が不利益を受けるおそれがある場合に、右新株の発行を差し止めることによって、株主の利益の保護を図る趣旨で設けられたものであり、同法二八〇条ノ三ノ二は、新株発行差止請求の制度の実効性を担保するため、払込期日の二週間前に新株の発行に関する事項を公告し、又は株主に通知することを会社に義務付け、もって株主に新株発行差止めの仮処分命令を得る機会を与えていると解されるのであるから、この仮処分命令に違反したことが新株発行の効力に影響がないとすれば、差止請求権を株主の権利として特に認め、しかも仮処分命令を得る機会を株主に与えることによって差止請求権の実効性を担保しようとした法の趣旨が没却されてしまうことになるからである。」と判示し、商法二八〇条ノ三ノ二が、商法二八〇条ノ一〇と一体となって新株発行差止請求の制度を形成していることを明らかにしている。

そして、新株発行差止請求は、不公正な新株発行を株主が事前に知った場合にのみ採り得る手段であるところ、新株発行は、取締役会の決議のみでなされるものである。そして、取締役会といっても実際上は代表取締役が絶対的な権力を持っているのが一般であるから、代表取締役の独断で新株発行を実行し得る以上、代表取締役が不法な目的で新株を発行しようとする場合、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告がなされない限り、株主がこれを知ることは、全く不可能である。

したがって、新株発行差止請求の制度は、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告がなければその実行性を持ち得ない制度であり、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告を欠く新株発行が有効であると解することは、新株発行差止請求の制度の趣旨をも全く没却するものである。

ちなみに、前記判決における味村治裁判官の補足意見は、「商法は、新株発行無効の訴えにおける無効原因を法定していないから、新株発行に法令定款違反等の瑕疵がある場合にその瑕疵を無効原因と解するか否かは、当該法令定款の趣旨等によって判断することとなる。そして、多数意見は、商法二八〇条ノ一〇及び二八〇条ノ三ノ二の趣旨により、右の仮処分命令に違反した新株発行に無効原因があると解するものである。」と述べて、端的に、二八〇条ノ三ノ二違反の新株発行は無効であるとしているものである。

4 第三に、右有効説は、取引の安全を過度に重視した結果、本件の如き小規模閉鎖会社における会社支配権を含む株主の利益を不当に軽んじていて、著しく公平を欠いているものである。

すなわち、言うまでもなく、株主としての権利には、利益配当請求権に代表される自益権と株主総会議決権に代表される共益権とがあるところ、本件被上告人会社の如き、株主がわずか六名で資本金がわずかに一〇〇〇万円程度の所有と経営が分離していない小規模閉鎖会社においては、会社支配権すなわち共益権が株式の実質上の価値を決するものであることは明らかである。

ところが、右有効説では、前記のように会社支配権の奪取を目的とする新株発行も、真の支配株主に気付かれずに一旦これを発行してしまえば有効であると解する結果、真の支配株主の会社支配権が簡単に覆されてしまうものである。

これは、法が株式に自益権と共益権を認めた趣旨を没却する解釈であると言わざるを得ない。

三 商法二八〇条ノ三ノ二の立法趣旨及び小規模閉鎖会社における新株引受権を定めた商法二八〇条ノ五ノ二の立法趣旨に反すること

1 右に述べてきたところは、商法二八〇条ノ三ノ二の立法の経緯及び商法二八〇条ノ五ノ二の制定の経緯に照らしてみてもあきらかである。

2 すなわち、商法二八〇条ノ三ノ二は、昭和四一年改正によって新設された規定であるが、同改正前は、商法二八〇条ノ一〇による新株発行差止請求が、その性質上、新株発行の効力発生前になされなければならないことから、会社による抜き打ち的な新株発行を規制する手段がなかったため、せっかく株主に与えられた差止請求権を有効に行使する機会が保障されていなかった。そこで、新たに商法二八〇条ノ三ノ二を制定することにより、右差止請求制度を実行あらしめようとしたのである(注釈会社法【有斐閣】七〇頁)。

したがって、商法二八〇条ノ三ノ二が、商法二八〇条ノ一〇と一体となって、不公正な新株発行を阻止するための差止請求権を強化する目的で規定されたことは明らかである。

3 また、平成二年の商法改正によって新設された商法二八〇条ノ五ノ二は、株主に対する新株引受権付与を規定するものであるが、右は、小規模閉鎖会社における会社支配権を保障する趣旨で設けられた規定である。

すなわち、従前は、定款で株式の譲渡制限の定めをしている会社においても、新株引受人を誰にするかは取締役会の自由に委ねられていたが、新株が発行されるとそれまでの株主の会社に対する出資比率が減少することになるので、出資比率を維持しようとする株主は、他の株主から必要な数の株式を取得する必要があった。しかし、譲渡制限の定めのある会社では、株主が市場において自由に株式を取得することが制約されているため、株主がその出資比率の維持、ひいては経営参加の利益を確保しようとしても事実上不可能となる点で、株主の会社支配権の保護に問題があった。

そこで、商法二八〇条ノ五ノ二を新設し、株主の出資比率が不当に低下することのないよう、譲渡制限の定めのある会社においては、原則として株主に新株引受権を与えたのである(法務省民事局参事官室編・一問一答改正会社法【商事法務研究会】一六四頁)。

4 以上から明らかなとおり、法は、新株発行の機動性に配慮しつつも、小規模閉鎖会社における既存株主の会社支配権を保護することを、重要視しているのである。

したがって、右有効説は、このような法の趣旨に反するものである。

四 学説も一般に有効説を不当と批判していること

学説でも一般に無効説が妥当とされており、有効説に立つ学説は、例外的なごく一部に限られている。

すなわち、学説にも、通知・公告を欠いた新株発行を有効とする説は存在する(神崎克郎・商法Ⅱ会社法[第三版]三四七〜三四八頁、河本一郎・現代会社法[新訂第五版]二五一頁)が、この立場をとる説は、差止仮処分に違反してなされた新株発行についてもそれだけで新株を無効とするものではない点で、前記平成五年判例に反し、かつ、取引の安全と比較衡量されるべき株主の支配関係上の利益が著しく軽視されると批判されている。

そして、例外なく無効とする説(田中誠二・再全訂会社法詳論(下)九三八頁)及び、原則として無効であるとする説(鈴木竹雄「新株発行の差止と無効」商法研究Ⅲ二三五頁、鈴木竹雄=竹内昭夫・[新版]会社法三九四頁、前田庸・会社法入門[第二版]四七一頁、龍田節・会社法[第二版]二五四頁、大隅健一郎=今井宏・会社法論中巻六四〇頁)が、圧倒的に多数である。

また、無効説によっても、取引の安全については、(1)無効な発行日から六か月以内に、(2)訴えをもってのみ主張し得るという制度によって、ある程度埋め合わされる(坂本延夫・判批金融・商事判例四九〇号七頁)と解さている。

以上のとおり、有効説は、学会においても支持されない結論である。

五 平成六年七月一四日第一小法廷判決は、右有効説を採ったものとは解されないこと

貴裁判所の平成六年七月一四日第一小法廷判決は、本件とは事案を異にし、右判決は、本件の如き商法二八〇条ノ三ノ二違反の新株発行の効力については、何ら判断していないものである。

すなわち、右判決は、『著しく不公正、なる方法による新株発行の効力につき、「発行された新株がその会社の取締役の地位にあるものによって引き受けられ、その者が現に保有していること、あるいは、新株を発行した会社が小規模で閉鎖的な会社であることなど」の事情は、「新株の発行が会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性があることにかんがみれば、その効力を画一的に判断する必要があり、右のような事情の有無によってこれを個々の事案ごとに判断することは相当でない」ことを理由に、結論に影響を及ぼすものではない。』と判示しているが、右の事案において「著しく不公正なる方法」として主張されたのは、(1)代表取締役に通知されない取締役会において決議された新株発行であること、(2)取締役が発行した新株の全部を自ら引き受け、自己の株式持ち分比率を高めて実質上自らが会社を支配できるようにする目的の下にしたものであること、の二点であって、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告を欠く場合については、全く主張されておらず、したがって何らの判断もされていないのである。

そして、そもそも、「著しく不公正なる方法」とはいっても、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告を欠く場合と、その他の事由の場合とでは、前述したとおり、前者は、商法二八〇条ノ一〇の差止請求権の行使の機会を失わせることになる結果、右差止制度による既存株主の保護を図り得ない瑕疵であるのに対し、後者は、通知・公告がなされている限り、差止請求によって保護を図り得る瑕疵であるという決定的な違いがあり、両者の効果を同一に論ずることは到底できないものである。

よって、右判決をもって、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告を欠く新株発行について、これを全面的に有効と解することは到底不可能である。

六 本件は取引の安全を問題とする余地のない事案であること

また、本件事案に限ってみると、本件被上告人は、定款に株式の譲渡制限がある小規模閉鎖会社であり、かつ、本件で問題とされている新株発行により発行された株式は、被上告人会社の代表取締役である鈴木勉(以下、「勉」という。)が全てを引き受け、かつ、現在右株式を保有している者のうち、会社外の者は、池田のみであるが、原判決で認定しているとおり、(1)池田は、本件新株発行当初から、本件新株発行に関与していること、(2)池田が勉に対して、株主に対する新株発行の通知を示唆していること、などから明らかなとおり、池田は、本件新株発行に重大な瑕疵が存していたことを知っていた、いわゆる悪意の第三者であって、本件事案においては、取引の安全は全く考慮する必要がないものである。

したがって、これまで述べてきた理由に加え、特に本件では、取引の安全を考慮する必要のない特段の事情があり、この点でも通知・公告を欠く新株発行を有効とする理由は、全く見い出せないものである。

七 結論

以上述べてきたとおり、原判決が商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知・公告を欠く新株発行であっても、取締役会の決議に基づき、会社を代表する権限を有する取締役により新株がすでに発行された以上、右新株発行は有効であるとしたことは、同条の解釈を誤っており、これが判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背であることは明らかであるので、原判決は破棄されるべきである。

第二点 上告人は、既述のとおり右の無効説を採るべきだと考えるものであるが、仮に右の無効説を採り得なかったとしても、本件新株発行の主目的が支配権奪取の目的であったのであるから、右立法の趣旨からして無効と解されるべきであり、この点からしても原判決は破棄されるべきである。

一 本件新株発行が著しく不公正な方法によるものであったことについて

原判決は、この点の判断すらなしに本件新株発行は有効としているが、これについて、上告人らは、前述のとおり、新株発行について商法二八〇条の三ノ二所定の株主への通知公告がなされなかった場合には、そのことだけで新株発行は無効とすべきであると考えるが(いわゆる無効説)、仮に無効説を採り得ないとしても、少なくとも、通知・公告を欠く新株発行については、右通知公告手続きを欠くこと以外に発行者において新株発行の差止の理由がなかったことを立証出来ない限り無効と解すべきと思料するものである。

そして、この解釈からすれば、上告人の第一審における最終準備書面において詳述しているとおり、原審の証拠から認定されるべき以下の事実からして、本件新株発行が無効であることは明らかと考えるべきである。ちなみに、原判決は、本件新株発行の主目的が資金調達の目的と認定しているが、誤った認定である。

二1 本件新株発行は、前述のとおり何らの資金調達の必要もないのに、上告人らから会社支配権を奪取すべく企図されたものであり、商法二八〇条ノ一〇(新株発行の差止)にいう「著シク不公正ナル方法」による新株発行であることは明白である。

2 「著シク不公正ナル方法」の意義については次のように解せられるものである。

この点、判例上は、「取締役会が新株発行を行うに至った種々の動機のうち、不当な目的を達成するという動機が、他の動機よりも優越し、それが主要な主観的要素であると認められる場合をいう。」と解されている(大阪堺支部昭和四八・一一・二九判時七三一号八五頁)。

すなわち、新株発行が不公正か否かは、資金調達の必要性と不当な目的達成の動機との比較衡量による。

そこで、以下においては、(1)本件新株発行に際し資金調達の必要性がなかったこと、及び、(2)本件新株発行が会社支配権を上告人らから奪うという目的で行われたこと、の二点についてそれぞれ詳述する。

三 資金調達の必要が特にはなかったことについては、以下原審証拠によって認められる次の事実から認定されるものである。

(1) 被上告人会社における支払い利息が経営を圧迫していなかったこと

(2) 平成三年度には、一、〇〇〇万円近い黒字が出たこと

(3) 本件増資によって得られた二、二八〇万円の金利軽減は年利七%としても月一三万円程度に過ぎなかったこと

(4) 交際費や福利厚生費を軽減させる努力を全くしていなかったこと

(5) 勉は、平成二年中に自由に出来る金二、四〇〇万円程度資金を有しながら、何らこれをその年度内に活用しようとしなかったこと

(6) 更に、平成三年三月二九日に新株発行の決議をしたといいながら直ちに払込をせず、払込は約二か月後の五月二三日に行っていること(一般には、決議の日より七日ないし一〇日位で払込をするのが普通である【乙第三一号証】。)

四 また、勉が、本件新株発行を、「会社支配権奪取の目的」から行ったことについては、右同様、原審証拠によって認められる次の事実から認定されるものである。

(1) 上告人那賀島淑雅(以下、「上告人淑雅」という。)が被上告人会社の実質上のオーナーであったこと

(2) 本件新株発行によって、持株比率が次のとおり逆転すること

総数 上告人ら  鈴木勉

①新株発行前 二〇、〇〇〇株 一四、四〇〇株(七二%) 四、四〇〇株(二二%)

②新株発行後 三二、〇〇〇株 一四、四〇〇株(四五%) 一六、四〇〇〇株(51.25%)

(3) 勉は、上告人らに全く知られないように発行手続をすすめたこと(原判決も通知をしたことは認めていない。)

(4) 以前から、勉は、持株数を増加させたいとの言動をしていたこと

(5) 勉は、上告人淑雅の監査を拒否し始めたこと

(6) 上告人らは、新株発行の事実を全く知り得なかったこと(平成三年六月三日に株主総会招集通知を出して後に知ったもの。)

(7) 勉には、平成二年中に金二四〇〇万円の余剰資金がありながら、これを直ちに活用しなかったこと

(8) 平成三年三月二九日に取締役会決議があったと擬制したのは四月一日以後の改正商法施行後では、上告人らに新株が引き受けられてしまうので、これを避けるためであったこと

五 以上のとおり、本件新株発行の目的は、勉の「会社支配権奪取の目的」であったことが明らかであるから、右の折衷説によっても、原判決は破棄されるべきである。

第三点 <省略>

第四点 <省略>

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